がん治療における薬剤耐性とその克服戦略
今日のがん治療において、薬物療法では主に抗がん剤(化学療法)に加えて、分子標的薬や免疫療法が治療手段として用いられています。
また医学の進歩により、さまざまな遺伝子変異に対応した分子標的薬が開発され、治療効果の向上や選択肢の拡大が進んでいます。その結果、以前よりもありとあらゆる種類のがんに対応することが可能になってきました。
しかし、初期の段階で抗がん剤や分子標的薬効果を示しても、長期間の治療を続けるうちに効果が薄れ、最終的には薬が効かなくなることがあります。
このような『薬剤耐性(drug resistance)』はがん治療の大きな課題の一つとして挙げられます。薬剤耐性はがん治療の成功率を低下させる要因であり、多くの研究者がその克服を目指して研究を進めています。
本記事では、がんの薬剤耐性のメカニズムと、それを克服するための最新の研究について解説します。
1.薬剤耐性とは?
まずは、がんの薬剤耐性のメカニズムを理解するために薬剤耐性に対してみていきましょう。
薬剤耐性とは、がん細胞が治療薬の効果を回避する能力を獲得し、同じ薬を使用しても効果が減少または消失する現象を指します。簡単にいうと、がん細胞が薬に慣れてしまい、攻撃されても生き残る力を身につけてしまう状態のことです。
薬剤耐性には大きく分けて『原発性耐性(一次耐性)』と『獲得耐性(二次耐性)』の二種類があります。
耐性の種類 | 説明 |
---|---|
原発性耐性(一次耐性) | がん細胞が最初から抗がん剤に反応しない状態。 |
獲得耐性(二次耐性) | 最初は薬が効いていたが、治療を続けるうちに薬剤耐性を獲得し、効果が低下する状態。 |
原発性耐性は、生まれつきその薬剤が効かない状態なので、そもそもその薬剤でがん細胞をやっつけることができません。
一方の獲得耐性は、初めのうちは薬剤への感受性が高く死滅するものの薬剤のある環境下で適応できるようにがん細胞が変異し、治療薬に対する耐性をもった新種のがん細胞が生まれてきてしまうので、有効性が下がってしまいます。
2.がん細胞が薬剤耐性を獲得するメカニズム
がん細胞が薬剤耐性を獲得するメカニズムはいくつか存在します。
以下に代表的なものを紹介します。
耐性メカニズム | 説明 |
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① 薬剤の排出を促進する(トランスポーター活性化) | がん細胞は、多剤排出トランスポーターが薬剤を細胞外へ排出してしまうことで耐性を獲得します。このことは、一つとしてP糖タンパク質が関与していると考えられています。 |
② DNA修復能力の向上 | シスプラチンなどのDNAを損傷させる抗がん剤に対し、がん細胞はDNA修復能力を高めることで耐性を獲得します。特にBRCA1およびBRCA2遺伝子の変異がこの修復能力に関与しており、耐性を持つがん細胞が生まれる原因となります。 |
③ 細胞死(アポトーシス)の回避 | 正常な細胞は、DNAが損傷するとアポトーシス(細胞死)を起こしますが、がん細胞はp53遺伝子の変異などにより、この細胞死を回避し、薬に耐えることができます。 |
④ 分子標的の変異 | 分子標的薬は特定のタンパク質を標的としますが、がん細胞がこのタンパク質に変異を起こすと薬が結合できなくなります。例えば、EGFR阻害薬(ゲフィチニブやエルロチニブ)に対する耐性は、T790M変異によって生じます。 |
⑤ 腫瘍微小環境の影響 | がん細胞は周囲の血管や免疫細胞と相互作用することで耐性を獲得することがあります。特に、低酸素環境ではHIF-1αという因子が活性化し、がん細胞の生存能力を高めます。 |
3. がんの薬剤耐性を克服する最新の研究と戦略
上記で説明した薬剤耐性を克服するために、今日においてさまざまな研究が進められています。以下ではその研究やアプローチをいくつか紹介します。
克服戦略 | 説明 |
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① 併用療法 | 異なる作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで、耐性の発生を遅らせることができます。例えば、シスプラチンとパクリタキセルの併用は、単独使用よりも効果が高いことが示されています。 |
② 多剤耐性トランスポーターの阻害 | P-gp阻害剤を使用することで、がん細胞が薬剤を排出するのを防ぐ研究が進んでいます。例えば、ベラパミルやエリスロマイシンがP-gp阻害作用を持つことが知られています。 |
③ 免疫療法の活用 | 免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害剤)は、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにすることで耐性を克服します。代表的な薬剤には、ニボルマブ(オプジーボ)やペムブロリズマブ(キイトルーダ)があります。 |
④ ゲノム解析による個別化医療 | がん細胞の遺伝子変異を解析し、それぞれの患者に最適な治療法を選択する「プレシジョン・メディシン(精密医療)」が進められています。例えば、BRAF変異を持つメラノーマにはBRAF阻害剤(ベムラフェニブ)を使用するなど、個別化治療が重要視されています。 |
⑤ エピジェネティック療法 | がん細胞の遺伝子発現を変化させることで耐性を克服する手法も研究されています。特に、DNMT阻害剤(アザシチジン)やHDAC阻害剤(ボリノスタット)は、がん細胞の耐性メカニズムを破壊する可能性があるといわれています。 |
研究結果の例 | 神戸大学大学院医学研究科とカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究グループの共同研究により、がん細胞のアポトーシスを回避する際のブレーキ役として、スフィンゴシン1-リン酸 (S1P)とプロテインキナーゼC (PKC)の直接作用による細胞内シグナリングを発見したことで、今後がん細胞死のブレーキを解除する新たな分子標的薬が期待できます。 |
4. 未来のがん治療と薬剤耐性克服への展望
現在、がん治療は「一律の治療」から「個別化医療」へ進んできています。AI技術を活用したゲノム解析や、がん細胞の耐性メカニズムを標的とした新薬の開発が次々に行われており、今後はがんの種類や個々の患者の遺伝子特性に応じた治療の更なる進化が期待されています。特に、がん細胞の環境を標的とする治療や免疫系を活用した治療は、薬剤耐性を克服する鍵となるでしょう。今後も新しい治療法の開発が進むことで、がんの薬剤耐性の克服が現実のものとなる可能性があります。
5. がん治療を続けられない方への選択肢「光免疫療法」
標準的ながん治療を続けることが難しい方に対しては、新たな選択肢として光免疫療法が適応できる場合があります。
光免疫療法は、がん細胞に選択的に集まる薬剤と光を組み合わせることで、がん細胞のみを選択的に攻撃する治療法です。
正常な組織への影響が少ないため、体への負担が少なく、他の治療法が難しい方でも検討可能です。
治療の適応については、医師と相談の上、個々の病状に応じた判断が必要です。
まとめ
がん治療における薬剤耐性は、治療成功を妨げる大きな課題ですが、現在進められている研究により、克服のための新たな戦略が次々と生み出されています。併用療法、免疫療法、個別化医療、エピジェネティック療法など、さまざまなアプローチが有望視されており、今後の進展に期待が寄せられています。

【当該記事監修者】院長 小林賢次
がん治療をご検討されている、患者様またその近親者の方々へがん情報を掲載しております。ご参考頂けますと幸いです。