キイトルーダ(抗PD-1 抗体薬)について

免疫療法で知られるもう一つの薬剤「オプジーボ」に並ぶ抗 PD-1 抗体薬「キイトルーダ」について

免疫チェックポイント阻害薬において「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」は、2018年のノーベル医学・生理学賞において本庶佑先生(京都大学特別教授)とジェームズ・アリソン先生(米テキサス大学教授)が共同で受賞したことから有名になり、一度は耳にしたことがあるかと思われます。
しかし、免疫チェックポイント阻害薬である「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」については、「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」と比べると知らないという方も多くいらっしゃるでしょう。
実は、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」と同じく、抗PD-1抗体に分類される薬剤です。
そこで今回は、この「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」について重要な諸知識と「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」との違いについて解説していきたいと思います。
「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」について、詳細を知りたい方は以下をご確認下さい。


免疫について

免疫療法を理解するにあたって、やはり免疫への理解が重要となってきます。
免疫チェックポイント阻害薬の理解を深めるために、まずは「免疫」とは何かをみていきましょう。
我々が生活する空間は、細菌やウイルス等の病原体が数多く存在し、これらが体内に侵入することで病気を引き起こします。
この異物の侵入を防ぐことや体内に侵入した際にも体内から異物を取り除くように働く機構のことを免疫といいます。
学術的な表現を用いると、免疫とは自己(自分の身体やその機能)と非自己(がん細胞、細菌やウイルス)とをそれぞれ別に認識しており、非自己を排除する機能のことを指します。
免疫は状況に応じて変化しており、異物を排除する際には強まったり、それ以外では弱まったりといわゆる恒常性がないことも特徴です。
私たちが容易にがんにならないのは免疫がしっかりと働いてくれているおかげです。

がんと免疫について

前項の文末で、「がんにならないのは免疫機能のおかげである」と書きましたが、それが何故なのかを理解していただくために、ここからは免疫とがん細胞の関係についてみていきましょう。
まず、がん細胞について簡単にご説明します。
がん細胞は、体内における正常な細胞に対して、遺伝子に何らかの要因でダメージを受けた際に生じる細胞で、がん細胞は脳から送られる電気信号(命令)を聞かずに勝手に増殖し、ある程度の大きさになった際に、悪性のがんとして発見されます。
我々の身体では、がん細胞は非自己と見做されるため、排除される際に自然免疫や獲得免疫といった免疫が働き、がん細胞をやっつけてくれます。専門的に言い換えれば、がんにならないのは免疫監視機構が機能しているからといえます。免疫監視機構とは、NK細胞やT細胞等のような免疫を司る細胞によってがん細胞を排除する仕組みのことを指します。
ここで補足として、「自然免疫」と「獲得免疫」についても簡単に触れておきます。
自然免疫は、体内に異物が侵入した際に、その異物に対して攻撃をしてくれる免疫のことでNK(ナチュラルキラー)細胞は自然免疫に相当します。
また獲得免疫は、自然免疫から受け取ったがん細胞の情報を記憶し、その情報を元に体内のがん細胞を捜索して、がん細胞を発見した際に攻撃をしてくれる免疫のことでT細胞は獲得免疫に相当します。
しかし、免疫監視機構が働いているにも関わらず、実際にはがん細胞が増殖するのは何故でしょうか?
これは、がん細胞が有している非常に厄介な能力が関係しています。
がん細胞には、がん細胞の表面に「がん抗原」というタンパク質をもっていて、免疫細胞はこのがん抗原を非自己とみなすことでがん細胞を排除しようと働きます。言い換えると、免疫細胞は、がん抗原という目印をたよりにがん細胞を発見して攻撃しているといえます。では、この「がん抗原」が見えなくなるとどうなるでしょう。
がん細胞にはこの「がん抗原」を隠すという厄介な特性があります。この特性によってがん細胞は免疫細胞からの攻撃を逃れているのです。またがん細胞は、免疫機能をうまく働かなくなるような物質を出したり、免疫の働きを阻止するような細胞が増殖することで免疫機能を防いでいます。
つまり一部のがん細胞は、免疫機能からうまく逃れられるように順応することで、がん細胞を増殖させそれらが悪性腫瘍として私たちの身体を蝕むようになってしまいます。
このがん細胞が免疫細胞の攻撃を回避することで生き延び、増殖をはじめることでがん化が起こる仕組みのことを免疫逃避機構といいます。

がん免疫療法とは

ここでは、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」について理解して頂きたいので、がん免疫療法や免疫チェックポイント阻害薬について簡単に説明させて頂きます。
がん免疫療法は、免疫監視機構を担っている様々な免疫細胞や物質を利用して、がんの免疫応答を制御する治療法です。
このがん免疫療法には、「能動免疫療法」と「受動免疫療法」があり、免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法は「能動免疫療法」に分類されます。
因みに能動免疫療法は、免疫応答を誘導することに対して、受動免疫療法は体外で作成したエフェクター細胞を投与する治療法となっています。
がんの免疫療法自体は、実際には1890年代に外科医のColey氏によって始められていて、免疫チェックポイント阻害薬を用いた治療の前から存在していました。また、1980年代からはサイトカインを投与する治療法が始まり、身体へ影響が及ばない程度に弱めたがん細胞を投与することで免疫力を高めるがんワクチン療法なども行われていました。
そこから医療の進歩によって、免疫チェックポイント阻害薬を利用したもの、本庶佑先生チームの「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」を利用した能動免疫療法へと発展していきました。

免疫チェックポイント阻害薬(ICI:immune Checkpoint Inhibitor)とは

免疫チェックポイント阻害薬は、能動免疫療法で使用される薬剤のことを指します。
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫チェックポイント分子を標的にして免疫抑制機能を阻害してがん細胞に対する免疫反応を高めるための薬剤であり、免疫チェックポイント阻害薬には「抗 PD-1 抗体薬」、「抗 PD-L1 抗体薬」、「抗 CTLA-4 抗体薬」の3種類があります。因みに免疫チェックポイント分子は、免疫抑制機能に関わる分子のことで、免疫チェックポイント分子は共抑制分子の一部でもあり、各種の細胞に発現します。更に、免疫チェックポイント分子による信号伝達がT細胞の活性化を抑制します。免疫チェックポイント分子のひとつに本庶佑先生の研究で知られるPD-1があります。
抗 PD-1 抗体薬の代表的な薬剤が「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」ですが、これはT細胞に発現しているPD-1に、がん細胞に発現したPD-L1を結合させることでT細胞の攻撃性を抑えるというものです。

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」とは

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は、私たちのもつ免疫の回復する能力によってがん細胞への攻撃力を高めるための治療薬です。
専門的にいえば「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」と同様に、T細胞に発現しているPD-1に結合することで、がん細胞に発現したPD-L1が結合できなくなり、その結果T細胞の免疫反応を持続させる薬剤です。
因みにPD-1については、本庶佑先生の研究チームによって、2014年7月頃に世界初のPD-1(Programmed cell death 1)抗体が悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として認可されたことがきっかけに広まっていくことになりました。
また、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」については同年9月に米国FDAよって承認されました。

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」と「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」の違いは?

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」と「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」については「抗 PD-1 抗体薬」という点で同じ系統の薬剤であると感じられる方も多いと思います。確かに薬剤の作用やそのメカニズムという点では大きな違いはありません。では、その違いは何でしょうか?
「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」と「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」の違いは適応疾患です。
「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」は、胃がんと悪性胸膜中皮腫に適応が認められている一方で、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は尿路上皮がんに対して適応が認められています。

キイトルーダの副作用について

抗がん剤を使用した際には、抜毛や強い悪心のような副作用がみられることからも薬物療法は副作用が強いイメージがあると思います。結論をいえば、免疫チェックポイント阻害薬にも抗がん剤と比較すると有害事象が少ないとはいえ副作用は存在します。
免疫チェックポイント阻害薬においては、自己組織に対する免疫反応に関係する副作用(irAE)が起こる可能性があるとされています。
勿論「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」を用いた際にも、副作用が現れることがあります。ここでは、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」にみられる副作用を紹介します。

①肺機能障害

主に咳嗽や呼吸困難といった間質性肺疾患が起こり、初期症状として、息切れや息苦しさ、空咳といった症状がみられます。
また間質性肺疾患が起こりやすくなる条件として、「高齢」、「抗がん剤治療を受けている」、「腎障害がある」、「間質性肺疾患やその他の肺機能に関わる病に罹患した経験がある」こと等が挙げられます。

②消化管障害

腸炎を発症することがあり、中でも重度の下痢がみられます。
初期症状として、腹痛や悪心、下痢、血便が挙げられ、発熱を伴う場合もあります。
更に大腸炎や小腸炎がみられることもあります。

③内分泌・代謝障害

1型糖尿病を発症することがあり、急速に進行する際には、倦怠感や悪心の出現後に数日で意識障害などがみられることもあります。
また上記の症状に加えて、のどが渇きやすく水を多く飲むといった症状がみられる場合は注意が必要です。
また、1型糖尿病においてはインスリン療法が有効です。

④血液障害

血液中の成分が減少することで、様々な症状が引き起こされます。主な症状として、鼻血や歯ぐきからの出血、点状や斑状の皮下出血が挙げられ、出血以外にも黄疸や掻痒感、発熱、倦怠感といった症状もみられます。
また、血小板の数が減少して出血しやすくなる場合や赤血球が壊れやすくなったことから重い貧血になってしまう場合、白血球内の顆粒球やその中の好中球が減少することで重い感染症につながることもあります。また静脈血栓塞栓症から肺の血管がつまってしまい、呼吸困難をきたすこともあります。

⑤神経障害

神経に炎症が起こり手足のしびれや痛み、感覚の麻痺などの症状が現れることもあります。

⑥筋障害

神経から筋肉への情報伝達が正常に行われない状態以外に、筋肉の炎症が起こったりします。
具体的には重症筋無力症やギラン・バレー症候群、筋炎、横紋筋融解症が挙げられます。
症状としては、動悸や息切れ、繰り返し運動での疲れやすさ、筋肉痛、手足に力が入らない、ものが二重に見えるといったことが挙げられます。

⑦腎障害

腎機能の障害によって、貧血、血尿、食欲不振や倦怠感、発熱といった症状がみられます。
また副腎機能の低下によって血糖値が下がり、急性の場合は悪心や倦怠感に加えて、意識がうすれる等の症状がみられることもあります。血尿等が重篤な際には、免疫性血小板減少性紫斑病も疑われます。

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」と抗がん剤の違い

上述した通り、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は抗がん剤と同様に副作用がみられるため、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は抗がん剤なのかという疑問をもつ方もいらっしゃるので、ご説明させて頂きます。
何方も薬物療法ではありますが、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は抗 PD-1 抗体薬という免疫チェックポイント阻害薬であり、抗がん剤は化学療法であるため、両者は全く異なります。ただし、巷でいわれる「抗がん剤」は細胞障害性抗がん薬のことを指し、免疫チェックポイント阻害薬と細胞障害性抗がん薬(抗がん剤)はどちらも抗がん薬であるため、「抗がん薬」と表記されている場合には混同しないように注意して下さい。。
ここで、抗がん剤について簡単に触れておきます。
抗がん剤は、がん細胞の増殖や分裂を阻害し,がん細胞の死滅を促す目的で作られた薬剤です。
そして化学療法とは、「殺細胞性を有する細胞障害性抗がん薬(殺細胞性抗がん薬)を用いて、がん細胞の増殖や分裂を阻害する」治療法といえます。
これらの詳細については以下で詳しく説明しています。

「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」の価格と保険適用は?

キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」の100mgあたりの薬価は、2018年では約41万円で1日薬価に換算すると約4万円となり、これは半額となったオプジーボと同額程度であるといわれています。
また「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」と同様に適用範囲が広がるともに、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」の薬価は下がり、2021年8月時点では、100mgあたりおよそ24.4万円と当時の6割程度の料金になりました。
また、「キイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)」は、2017年に中央社会保険医療協議会によって一部の皮膚がんと肺がんに対して、保険適用が認められています。
保険適用時の料金については、患者様の年齢や収入によって変動するので、具体的な料金を算出したい場合には、「全国健康保険協会」の公式ホームページを参照してみて下さい。

キイトルーダと光免疫療法の併用治療

免疫チェックポイント阻害薬の治療効果については、様々な意見が存在します。
単剤使用における治療効果率は一般的に22.2%と言われており、これが一つの一般的な指標とされています。
しかしながら、最近の研究では、光免疫療法との併用療法において約60%の治療効果が報告されています。
免疫療法においては、免疫チェックポイント阻害薬、NK療法、樹状細胞療法など、免疫系を活性化させるさまざまなアプローチが存在します。
しかしながら、これらの手法にはいくつかの制約があります。
免疫を活性化させたとしても、がん細胞を特定する難しさや、免疫ががんに対して効果的に作用するかどうかについての課題があります。
また、免疫の増強だけでは、がんに対する攻撃能力が不足している場合もあり、治療効果が十分でないことがあるのです。
このため、キイトルーダの治療効果を向上させるために、現在では「光免疫療法とキイトルーダの併用治療」や、「放射線治療とキイトルーダの併用治療」が多くの医療機関で実施されています。

以下のイメージをご参考ください。

 

キイトルーダと光免疫療法の併用治療

これらの併用治療法は今後ますます発展し、手術の前後に抗がん剤治療を行う伝統的なアプローチに比べて主要な治療方法となる可能性があるでしょう。

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